自由の像はいつ届いた?6月17日の世界史雑学を深掘り解説

雑学

「自由の像はいつ届いたのか」と聞かれると、少し言葉に迷う方もおられるかもしれません。一般には「自由の女神像」と呼ばれる、ニューヨーク港のあの大きな像のことです。

結論から申しますと、自由の女神像がフランスからアメリカへ到着した日は、1885年6月17日です。場所はニューヨーク港。像は完成した姿で海を渡ったのではなく、いくつもの部品に分解され、木箱に詰められて運ばれました。

ここが、6月17日の雑学として面白いところです。私自身も、自由の女神像については有名な観光名所という印象が強く、「いつ届いたのか」までは知りませんでした。しかも、届いた日にすぐ立ち上がったわけではありません。台座の完成を待ち、翌1886年に組み立てられ、献堂式が行われました。

「自由の像」と「自由の女神像」は同じもの?

まず、言葉の整理をしておきましょう。日本語では「自由の女神」「自由の女神像」と呼ばれることが多いですが、正式名称は英語でLiberty Enlightening the World、日本語では「世界を照らす自由」と訳されます。

つまり、この像は単に「女神の像」というよりも、自由という理念を女性像として表した記念碑です。ローマ神話の自由の女神リベルタスを思わせる姿で、右手にたいまつ、左手に独立宣言の日付を刻んだ銘板を持っています。

注意したいのは、「自由の女神」とだけ言うと、神話上の女神そのものを指しているようにも聞こえる点です。雑学記事としては、「自由の女神像」と書く方が誤解が少なくなります。

1885年6月17日、何が起きたのか

1885年6月17日、フランス海軍の船イゼール号が、分解された自由の女神像を載せてニューヨーク港に到着しました。像は約350個の部品に分けられ、200箱を超える木箱に収められていたと伝えられています。

現代の感覚でいえば、巨大な国際配送です。しかし中身は、国と国の友好を象徴する大彫刻でした。ニューヨークの人々にとっても、ただの荷物ではありません。フランスから贈られた「自由」の象徴が、ついに海を越えて届いた日だったのです。

ただし、到着した時点ではまだ台座が完成していませんでした。そのため、像はすぐには完成形にならず、いったん部品のまま保管されます。この「届いた日」と「立った日」が違うところが、雑学として覚えておきたい点です。

なぜフランスがアメリカへ贈ったのか

自由の女神像は、フランスからアメリカへの友好の贈り物でした。背景には、アメリカ独立の記憶と、自由・民主主義への理想があります。

アメリカ独立戦争では、フランスがアメリカ側を支援しました。その後、19世紀のフランスでは、自由や共和制を重んじる人々の間で、アメリカ独立100周年を記念する贈り物をつくろうという発想が生まれます。

設計に深く関わったのが、フランスの彫刻家フレデリック・オーギュスト・バルトルディです。また、内部構造にはエッフェル塔で知られるギュスターヴ・エッフェルの技術も関係しています。

ここで大切なのは、自由の女神像が「アメリカだけの象徴」ではないことです。アメリカに立っていますが、その誕生にはフランスの思想、技術、資金、そして両国の関係が重なっています。

到着しても、すぐ完成しなかった理由

自由の女神像は、フランス側が像を、アメリカ側が台座を用意する形で進められました。ところが、アメリカ側の台座建設には資金集めの課題がありました。

そのため、像が1885年6月17日にニューヨークへ到着しても、すぐには組み立てられませんでした。台座の完成を待ち、最終的に1886年10月28日に献堂式が行われます。

つまり、雑学として正確に言うなら、「自由の女神像が届いた日は1885年6月17日、完成して正式に披露された日は1886年10月28日」です。

自由の女神像が持つ意味

自由の女神像は、単なる観光名所ではありません。右手のたいまつは、世界を照らす自由の光を象徴しています。左手の銘板には、アメリカ独立宣言の日付である1776年7月4日が刻まれています。

足元には壊れた鎖が表現されています。これは抑圧からの解放を示すものとされています。正面から見る写真では分かりにくい部分ですが、自由の女神像を「ただ美しい像」としてではなく、理念を表す記念碑として見るうえで重要です。

また、ニューヨーク港という場所にも意味があります。19世紀末から20世紀初めにかけて、アメリカへ渡ってきた多くの移民にとって、港に立つ自由の女神像は新天地の入口に見える存在でした。

6月17日の雑学として覚えるなら

社会人の雑学としては、細かな数字をすべて暗記する必要はありません。会話で使いやすい形にまとめるなら、次のように覚えるとよいでしょう。

「自由の女神像は、1885年6月17日にフランスからニューヨーク港へ届いた。ただし完成形で届いたのではなく、分解されて木箱で運ばれ、翌年に台座の上で組み立てられた。」

この一文だけでも、かなり印象が変わります。単に「フランスから贈られた像」と言うより、海を渡った部品、未完成の台座、翌年の完成という流れが見えてくるからです。

よくある誤解

まず多いのは、「1885年6月17日に完成した」という誤解です。正しくは、1885年6月17日はニューヨーク港への到着日です。完成して献堂されたのは1886年10月28日です。

次に、「アメリカが自分で建てた像」という見方も少し単純です。像そのものはフランスからの贈り物であり、台座はアメリカ側が用意しました。ここには、両国の協力という性格があります。

また、「自由の女神」と「自由の女神像」を混同しすぎるのも注意点です。日常会話では「自由の女神」で通じますが、歴史雑学として書くなら、像を指す場合は「自由の女神像」とした方が丁寧です。

現代から見る自由の女神像

自由の女神像は、1984年に世界遺産にも登録されました。観光地としてだけでなく、自由、民主主義、人権、移民の記憶など、複数の意味を背負う文化遺産です。

もちろん、自由という言葉は時代によって受け止め方が変わります。19世紀の人々が見た自由、移民が見た自由、現代の私たちが考える自由は、まったく同じではありません。

それでも、海を越えて届いた巨大な像が、今もニューヨーク港に立っていることには意味があります。自由は一度掲げれば終わりではなく、社会の中で問い直され続けるものだからです。

社会人の会話で使える小話

仕事の合間や季節の話題として使うなら、次のような言い方が自然です。

「6月17日は、自由の女神像がニューヨーク港に届いた日なんです。完成した日ではなく、分解されてフランスから運ばれてきた日なんですよ。」

この程度の話し方なら、知識をひけらかす感じになりません。相手が興味を持てば、フランスからの贈り物だったこと、台座がまだ完成していなかったこと、翌年に献堂式があったことを続ければよいでしょう。

FAQ

自由の女神像が到着した日はいつですか?

1885年6月17日です。フランスから分解された状態で運ばれ、ニューヨーク港へ到着しました。

自由の女神像が完成した日はいつですか?

正式な献堂式は1886年10月28日に行われました。到着日とは約1年以上ずれています。

自由の女神像はどこの国から贈られたのですか?

フランスからアメリカへ贈られました。アメリカ独立や自由の理念を記念する友好の贈り物です。

「自由の像」と「自由の女神像」は違いますか?

一般に検索語として「自由の像」と言われる場合、多くはニューヨークの「自由の女神像」を指していると考えられます。ただし、正確な名称としては「自由の女神像」と書く方が分かりやすいです。

まとめ

自由の女神像がニューヨーク港に到着した日は、1885年6月17日です。完成形で立って届いたのではなく、分解され、木箱に詰められ、海を越えて運ばれてきました。

そして、台座の完成を待って組み立てられ、1886年10月28日に正式に献堂されます。この流れを知ると、6月17日は単なる日付ではなく、「自由という理念が大西洋を越えて届いた日」として見えてきます。

有名なものほど、意外と基本的な日付や背景を知らないものです。自由の女神像もその一つでしょう。だからこそ、6月17日の世界史雑学として覚えておく価値があります。